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「階層化」

02 12月 14
AB
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本当に特権に値する人はごく少数でしょう。それはわかってます。
その下に「まあまあ」とか「そこそこ」、「もしかしたら・・・」が数を増してくるわけですけど、

今のように「誰でも彼でも」では「何のための大学か!」と言われるのは当然だと思いますし、改革を叫ぶ人も当初はそうした純粋な気持ちなのでしょう。
必要なのは昔存在し「民主主義」の名のもとに否定された「階層化」であり葬式 千葉、階層化を正当化できる当事者の矜持だと思います。「大学を無くしてはいけない」というのと、「残りさえすればいい」のでは雲泥の違いでしょう。
大学側当事者にも社会の側にも、もう一度「大学はどうあるべきか」を立ち止まって考え、そのために何をするかを考えて欲しいですね。その力も志もないのに肩書きのために大学に行き、四年間を遊んで過ごすのが「恥ずかしい」と思わないなら、そんな社会に最高学府など存在し得ないと思いますから。それはまったく間違っています。